わざわざ焼尻島まで友達が来てくれたので、これを機会に「おもてなし」ってヤツを考えてみる。
こんにちは。
実はここ数日、頭痛続きで死にかけていました。
鎮痛剤と野菜ジュースのコンボでようやく回復の兆しを見せているおっくんです。
そんな悲惨な連休を過ごしていたワケですが、実は少し良いこともありまして。
この休みの間もちょいちょいケータイが鳴り、島のご近所さん数人が「大丈夫かい?」なんて声をかけてくださったのです。
もちろん「体調崩しました」と公に発表したワケではなく、噂を聞きつけてのことだと思います。
「田舎は噂話の回るスピードが速い」なんて言いますが、こんなありがたいこともあるんですね。。
いやいや。
いやいや、これヒジョーにありがたい話です。
友達は僕の出身である関西に住んでいるわけですから、島を訪れようものならそれこそ移動に1日かかるレベルです。
北海道の観光客はその87%が道内在住というデータもあるそうで、焼尻島に来るお客さんも大半が道内在住の方だと思われるなか、わざわざ関西からとなると滅多なことではありません。
……ってコトで最大限おもてなししなきゃ……と思ったのですが、実はけっこうこの「おもてなし」に頭をひねりました。
「わざわざここまで来てもらって……どうする?」
島の観光について考える僕にとって、これはちょっとしたテストのように思えたのです。
滝川クリステルは言いました。
「O・MO・TE・NA・SHI ★ おもてなし( ー人ー)」
あの有名なプレゼンが評価され、東京五輪が決まりました。
……けど、僕自身はあれの何が素晴らしいのか、実は良く分かっていません。「日本のおもてなし精神をアピール」なんて言われていますが、そもそも「おもてなし」ってどういうことでしょうか。
意味を調べてみると、
もて‐なし【もて成し】
1 客への対応のしかた。待遇。「手厚い―を受ける」
2 食事や茶菓のごちそう。饗応。「茶菓の―を受ける」
3 身に備わったものごし。身のこなし。
「いとわろかりしかたちざまなれど、―に隠されて口惜しうはあらざりきかし」〈源・末摘花〉
4 とりはからい。処置。取り扱い。
「自らの上の―は、又誰かは見扱はむ」〈源・総角〉
参考
※もてなし【もて成し】の意味 – 国語辞書 – goo辞書 |
……と、辞書の言葉を呼んでみたのですが、これだといまいちピンと来ませんね。。意味はこれで正しいのでしょうけど。
「おもてなし」って言うのは、どうも上の「“もてなし”に対する心構えのこと」を指しているように思います。
ちょうど、面白い記事を見つけました。
それがこちら (『ディズニーが考える、「サービス」と「おもてなし」の違いとは?)
日本のディズニーランドは、本家アメリカのディズニーランドの徹底したサービスに加え、日本ならではの「おもてなし」の心が加わったことで本家アメリカのディズニーランドからも賞賛を受けている……という内容。
この記事で紹介される本『ディズニー おもてなしの神様が教えてくれたこと』(SBクリエイティブ/刊)は「サービス」と「おもてなし」は別物だと述べ、それぞれ次のように定義しています。
「サービス」とは相手が見える(気づく)前提でやるもの
「おもてなし」は見返りを求めないホスピタリティの精神でやるもの
……なるほど。今まで当たり前のように「サービス」だ「おもてなし」だと言っていましたが、確かにそれぞれ別物ですね。この、見返りを求めないホスピタリティ精神ってのが、「おもてなし」の重要な要素だと言えそうです。
振り返れば、学生時代。僕はいくつかの飲食店でアルバイトをした経験がありますが、「心のこもったサービスは、お店の、会社のイメージに繋がる!」なんてよく言われたのを覚えています。キレイゴトを抜きにすれば、何度も来店して頂く……という見返りを求めていたと言えるでしょう。
対して、「おもてなし」は見返りを求めないホスピタリティの精神でやるもの……と、ここまでは良いです。ただ、そこから先はやはり自分で考えなくてはなりません。見返りを求めないぶん、「サービス」以上に創意工夫が求められる気さえします。
やはり、せっかく来てもらったからには、その足労に見合うぶん楽しんでもらわなくてはならないワケで。
そんな意識を改めて感じさせてくれました。友人たちに感謝です。この先はまだまだ勉強しなくてはならないですね。
そう言えば、僕が今まで訪れた島々にも、印象深い「おもてなし」がありました。
一番に思い出されるのは、8年前に訪れた鹿児島県最南端の島・与論島。
ここはミニ独立国として『ヨロンパナウル王国』を名乗る愉快な島なのですが、そんな与論島には与論献奉という儀式があります。
その昔、島を訪れた薩摩藩の役人をもてなすために島の焼酎を振舞ったのが起源だそう。与論島の焼酎といえば今は黒糖焼酎が主ですが、かつてはソテツという木の実から作られていたそうです。
しかし、このソテツの実が毒持ち。そのため、焼酎で飲むにはきちんと毒抜きをしなければならず、島の人たちは薩摩の役人に振舞う前に自分たちが飲み干し、毒がきちんと抜けていることを証明してみせたのだとか。
その名残が今も続いており、僕が与論島を訪れた時も、宿泊先でなみなみと焼酎を注がれました。
意味を調べてみると、
与論献奉
与論献奉(よろんけんぽう)と呼ばれる与論島への客人をもてなす習慣で、焼酎を人数分まわし飲みをする儀式。
最初に、親(ホスト)となる人が大きな杯に親が決めた量の焼酎を入れて、自己紹介を兼ねた口上を述べてから飲み干す(この時に、杯をひっくり返して残っていない事を見せる)。また、飲み干した杯に数滴残った焼酎を手のひらにとって自分の頭につけ、神(髪)に返す。次に、親が注いだ焼酎を子(ホスト以外の人)が飲み、杯を親に返す(このとき、子は受け取った杯を手から離して置いてはいけない)。親はこれを子の人数分繰り返し、それが終わると親が交代しこれを繰り返す(これと似たものに、宮古島の「オトーリ」がある)。
ただし飲酒を無理強いするものでは無く、親が焼酎を注いでいる時に「トォー(与論の方言で止めの意味)」と言えば注ぐのを止めるほか、飲めない場合は杯をそのまま親に返しても良い(その場合は親が代わりに飲む)。
参考
そして、めちゃくちゃ酒に弱い僕は数滴注がれただけで「トォー」と叫んだのを覚えています。笑
(そしたらかわりに与論産のグァバ茶をいれてくれました)
その宿主いわく、「島には何もないから、せめてお酒でも……」という気持ちもあるのだそう。
儀式のあとは三線まで披露してくれたのを覚えています。
極端な言い方をすれば、お酒だって、音楽だって、与論島に限らずどこにでもあるものですが、それでもめちゃくちゃ印象深い、とても心地のいい「おもてなし」でした。
上述の本で定義されている「見返りを求めないホスピタリティの精神」にそのまんま当てはまると思います。
似たような例だと、小笠原諸島・父島や礼文島・桃岩荘のお見送りなんかも良かった。。うんうん。
……ってコトで、月並みですが「おもてなし」とやらをいろいろ考えたいなと思う今日この頃なのです。
ただでさえ、お金も時間もかかる場所。
なにせ僕の場合、自分自身が関西から北海道の斜め上の離島に移り住んでいるワケですから、この島を訪れる大変さはひと一倍理解しているつもりです。
はるばる訪れる場所に見合ったもので返したいですね。
“特別な何か”ってより、気持ちの問題なのかもしれません。
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調べてみると、『おもてなし検定』ってのがあるらしい。
なんやこれ、むっちゃおもろそうやん。